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動作訓練の技術とこころ~障害のある人の生活に寄りそう心理リハビリテイション~

動作訓練の技術とこころ
~ 障害のある人の生活に寄りそう心理リハビリテイション ~
香野 毅 著   2022年 遠見書房

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 香野さんから「本を出した」と知らせを聞いた。
 『動作訓練の技術とこころ』香野毅著。
 「いい本に決まっている」と,そのときに思った。
 まずタイトルがいい。香野さんらしいタイトルの付け方だなあと思った。読んでみた。予想どおりいい本である。 

どこから読んでも,どこを読んでも「動作訓練の技術とこころ」に触れられる
 本書を読んでいると,訓練会の現場にいる気になってくる。そして,読みながら笑っている自分に気づく。『動作をもとにしながらのやりとりは楽しい』のである。このことは,本書が単なる動作訓練の技法の解説ではなく,その背景にある「こころ」について,存分に語られていて,それが読む者の体験を喚起しているのだと思う。本書のどこから読んでも,また,どこを読んでも「動作訓練の技術とこころ」に触れることができる。技術に関する解説に併せて,そのことの意義を示してくれる。そして,ときおり香野さんの周囲へのこころ遣いまでもが窺われる。
 特に,「動作訓練の進め方の実際 その1・その2」はライブ感満載(鶴先生の推薦の辞に書いてあるまんま,ほかに言い表す言葉がなかった)であり,スリリングである。それゆえに,自分ならどうするかなと想像を膨らますこともできる。座って本を読んでいるだけなのに,動作訓練のセッションをしているかのような緊張感が味わえる。目に見える動作や姿勢と,目に見えないこころのせめぎ合いが丁寧に描写されていて,動作訓練の初学者にも大いに参考になるはずだ。 

障害のある人の生活に寄りそう心理リハビリテイション
 むかし,あるキャンプで香野さんから「動作–行為–行動–生活–人生」ということを教わった。今でも大切にしていて,自分がスーパービジョンするときのベースになっている。その後,2001年にWHOICF(国際機能分類)を発表し,障害のとらえ方が変わった。ICFの概念枠組みを見たときに,「あ! 今までやってきたこと(動作訓練で取り組んでいること)が,これで説明できる!」と直観した。以来ICFを,「生きて(心身機能・身体構造)–生活し(活動)–人生を歩む(参加)–わたし(固有の存在として主観を持った個人:ICFの項目にはない)は,健康状態や環境,個人因子と相互作用しながら生きている」と説明し,その際「生きて–生活し–人生を歩む」という部分に,「動作–行為–行動–生活–人生」を合わせている。このことで,トレーニーを理解する視点や角度が広がり,理解したあとの支援や援助の根拠も明確となり,多くの成果らしきものも得ることができたように思う。なので『そのトレーニーが日常でどのように動き,環境と関係を結び,生活を営んでいるかのより深い理解が必要になる』(p.213)には大いに共感し,あらためて『ひとりひとりの達成を手伝う』ことの意義を感じる。
 副題である「障害のある人の生活に寄りそう心理リハビリテイション」には,「動作や姿勢が,その人の適応努力の結果である」ことへの敬意が込められ,そこに寄りそい,今後もそうあり続けたいのだという香野さんの「こころ」が,本書全体から滲み出ている。私もそうありたい。 

動作訓練の技術
 「どうやったらうまくできますか」と質問されることがある。何をもって「うまくできた」とするのかわからないから,何を望んでいるのか,あるいはどんな期待を抱いているのかなどとあれこれ訊ねてみる。すると,「何をしたらいいですか」,「何回やるといいですか」などとなってくるので,「それは私に聞くより本人に聞いたほうがいいですね」となってしまう。本人に聞くと言っても何を聞くのか,どうやって聞くのか,聞いたことをどう理解するのか,どうアプローチするか迷うばかりである。その迷いへの答えが「動作訓練の技術」として,具体的に,しかもその意義も含めて,わかりやすく散りばめられている。
 「導入という技術」での,「導入とは,セッションが始まる前に始まっている」には深く共感した。「いちにのさんで腕をあげるよ〜」などと課題に取り組む状況になるまでがけっこう大変なのである。「どうやったらうまくできますか」などと考える前に,相手と仲良くなることに気持ちを向けたい。それがあってはじめて「相手に合わせること」ができるのではないかと思う。 

理解の仕方,アプローチの仕方
 「「発達障害」のある者への動作訓練」における理解の仕方の解説は読みごたえがある。動作訓練の文脈だけでなく,個別の指導計画の作成や自立活動の授業づくりにも活用できるのではないだろうか。計画を立てるためには現状を知らなければならない。だからと言って何の視点も持たずに情報を集めても,ひとつひとつを生かすことはできない。だからこそ,その情報から何をどのように理解するのかということが重要になってくると思われる。兎にも角にもこの章は圧巻である。すごい。すごい。 

二軸動作からの理解と課題化
 2011年3月の出来事があり,その後,避難所や仮設住宅などに出向いた。動作訓練を実施するには空間が狭かったり,ごろんと寝る姿勢をとることに抵抗があったりすることから,座位姿勢で躯幹のひねりをしていた。こちらの手で伝えるのはひねる方向だけで,動かすのは本人に任せている。あるとき高齢の女性とのセッションで気がついた。上体をひねって右や左に傾くと,曲がっていた腰や背中が伸びてくるのである。私の手は背中にピタッと触れて方向を示すだけで,肩を持って上体を引き起こそうしているわけではなかった。「いやあ,背が高くなったみたいだ」と感想を語られたのを覚えている。それから何だかんだありつつ特に気に留めることはなかった。
 座位でうまく背中に力を入れられず,上体を起こせないトレーニーとのセッションで,上体を左右のどちらかへ傾け「おっとっと,倒れちゃうよ〜」などとやっていたとき,何度目かにグググっと力が入ってきた。すかさず「おお,いい力だね,すごいね」などとやっていると身体が小刻みに揺れている。笑っていたのだ。こんなこともあり,真ん中から起こすのが難しいときは,左右のどちらかから試してみるようになった。
 そして,何年かして,寒い地方のキャンプで香野さんと一緒になることができた。そのとき,ねじり動作と左右の軸について教えてもらった。深く感銘を受けると同時に,それは私にとって知識・技能となった。ただ何となくやっていることは人には説明できないものだと思ったので,スーパーバイザーの役割を担うようになったのだから,検証に努めようと思うようになった。ということで二軸動作については,検証・検討していきたいと思う。

セッションを語る
 本書ではAくんやBくん,Cさん,Dさん,みーくんやはるさんにいたるまで多くの人が登場する。その方々とのセッションを語る香野さんの語り口がとても生き生きしていると感じた。だから全編を通じ,わかりやすく,臨場感を伴いながら,そして,やってみようという希望まで与えてくれるのだと思う。
 「はじめに」で『さて本書は,動作訓練を学んでいる人に向けた打診のようなものである。「自分はいまこんな風に考えています」と打ってみた。何が返ってくるのか、返ってこないのか。できればやりとりにしていきたい。そのやりとりを通して,これからも学んでいければと願っている』とある。そんなわけで,ときおり自分のエピソードなども交えながら本書について語ってみた。
 30年近く動作法の魅力と魔力に接して,自分なりに動作法に関する何かが身についてきていると感じている。本書のおかげで,自分はなぜ動作法をやっているのか,そのこころを求め続けたいと思うことができた。香野さんに感謝,登場したみなさんに感謝。 

動作法に関わる人も,これから関わろうとしている人も
 動作訓練の技術とこころ。理論の解説や技法上の工夫,理解の仕方やアプローチの方法,相手と仲良くなるためのかけひき等々,そして動作訓練の抱える課題と可能性まで,具体的で刺激的,独創的な内容が盛りだくさん。動作訓練の経験年数にかかわらず,誰もが読める一冊だと思う。きっとこれを読む人すべてが,自身の体験を喚起されるに違いない。
──いい本である。

 そういえば,『人の一生は動くことから始まる』と成瀬先生がいつもそう仰っていたことを思い出す。

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  斉藤博之@やまがた