各地の会や団体

カンボジア社会における心理リハビリテイションの可能性

医療創生大学心理学部 原田真之介

 カンボジアでは既に20年以上かけて動作法を通じた支援活動が展開されている。そのような長年の支援を経て、首都プノンペンにある障害児者入所施設であるNational Borei for Infant and Childrenといった実践フィールドを確立し、現地スタッフのみで運営される月例会も行われている。また、スーパーバイザーの有資格者も4名誕生し、専門家の育成も着実に行われている。これまでの20年以上の活動を非常にざっくりと述べたが、カンボジアにおいてこのような心理・教育・福祉的な活動がこれほど長く続けられていることは奇跡とも言える事例であると筆者は考えている。

カンボジアの訓練会・立位

 そもそもカンボジアは、1990年代に憲法が制定され、長年の内戦状態が終了し、海外支援の依存状態から自国の経済成長も着実に遂げてきた。また2012年には障害の権利保障を目指す国際条約に批准し、国内の障害者政策を国際レベルにまで引き上げることを宣言している。しかしながら、カンボジアの障害者政策は思うように進んでいないのが現状である。筆者は、その背景の一つとして特に注目している点が、障害を抱えた当事者、その家族、また彼らを取り巻く地域コミュニティの内的意識の問題である。
 カンボジアは、上座部仏教のカルマ(業)思想が定着しており、障害者は前世の悪行が祟った結果であると信じられており、障害者とその家族は現世の幸せよりも来世の生まれ変わりを期待して徳を積むように現在でも指導される。そのような思想から、周囲の人間は障害者を差別し、何よりも当事者とその家族が現世の幸せ、充実した人生の全うを望む意思すら持たなくなる現状がある。このような現状で、政府の掲げる障害者対策のスローガンが市民レベルで理解され、展開されることは非常に困難である。

カンボジアの訓練会・成瀬先生

 私は、心理学の専門家として、障害を抱える当事者が自分の能力を開発して、成長する喜び、人と触れ合える楽しさ、将来への希望、社会参加への意欲といった心理が芽生えることの重要性を感じている。また家族や周囲の人間関係の中でも障害当事者の成長可能性、社会参加の意義についての理解が浸透することも欠かせないと考える。以上の心理が芽生えなければ、どんなに体制システムの外枠が確立されても、その中身が埋まらない社会が実現されてしまうだろう。ようやく本題に入るが、筆者はこの問題に心理リハビリテイションの実践が非常に有効に作用すると考えている。少し余談だが、筆者は心理リハビリテイションの“概念”有効だとは決して言わない。それよりも“実践”が有効と考える。なぜならば、カンボジアでは障害者の能力を育てる、社会参加するという考え自体がないので、療育や自立支援といった言葉がそもそもない。そのため、概念の理解や浸透についてはまだまだ時期が早いと考える。よって、まずは実体験が重要であろう。カンボジアにおける心理リハビリテイション活動をけん引してきた、塚越克也氏、中野弘治氏も同様の考えから、現地スタッフを交えての心理リハビリテイションキャンプを開催し、現地スタッフが障害を抱える当事者の成長を実感できる機会を積極的に提供してきた。参加者からは、当事者の変化に驚き、動作法の役立ち、必要性を理解していった。また、現地スタッフは動作法の体験と理解を深める中で、当事者の心理リハビリテイションの「心理」を引き出すリハビリ援助の仕方を学んでいった。具体的には、「何もできない子にやらせようとする援助」から「当事者自身の動きを引き出そうとする援助」に変わったことであり、他動的な援助から当事者の動きを待つ援助に変わったことである。このような機会の積み重ねが、先にも述べた動作法の20年以上の活動成果に繋がっている。20年以上の活動の源は、もちろん塚越氏や中野氏を中心とした日本人の活動努力は当然であるが、もう一方では現地のニーズの持続である。動作法が役に立つ、もっと学びたいというニーズを現地で高め続けた20年以上の歴史は、外の国からのカンボジア支援のモデルケースとして世界にもっと発信させるべき実績である。

カンボジアの訓練会・全景

<参考資料>
原田真之介. (2021). 障害当事者のライフストーリーを通じたカンボジア社会の現状. 地域ケアリング, 23(4), pp.65-69.
原田真之介・中野弘治. (2021). 臨床動作法を通じたカンボジア障害者福祉におけるメゾ・ミクロ的アプローチの実践報告―National Borei for Infant and childrenでの実践を中心に―. 医療創生大学心理相談センター紀要, 15・16, pp9-15.

筆者の活動

 筆者は、上記のカンボジア支援について研究の立場で携わり、文部科学省科学研究費の助成を受けて活動している。活動内容を紹介すると、一つはカンボジアの現地スタッフ向けの動作法テキストを作成している。このテキストは、日本語、英語、クメール語が表記され、座位、膝立ち、立位の訓練方法がパラパラ漫画風にイラスト中心のテキストに仕上がっている。近日製本化される。二つ目は、現地での肢体不自由を中心とした動作法実践の効果研究である。これまでの実践をより分かりやすく実証的なデータとしてまとめ、カンボジア全土での動作法実践の活動を目論んでいる。最後に、現地の障害当事者へのライフストーリーのインタビューである。先に紹介したカンボジアの社会や文化の中でも、家族や周囲の人々の力を借りながら、教育を受け、職に就き、社会で活躍している人は少数であるが、クメールの方で存在する。そのような人生を築くにはどのような作用があり、自身の考え方の変化や葛藤があったかについてインタビューを通じて聞き取り、海外だけでなくカンボジア国内でも研究知見が浸透することを目的としている。まだまだ途上の段階であるが、カンボジア支援は長く続けることが重要であると先人たちの実績から言えるので、筆者も着実に社会に役立つ活動を続けていきたい。